人の弱さに対する理解

前回からの続き。
最近の私のテーマ。
人の弱さに対する理解。

昨日、なかなか眠れなくて、というのも、眠って、朝になって、会社に行かなければならなくなってしまうのが嫌で、どれだけも眠たいのに、必死で起きていました。

珍しいことではないと思うのだけれど、私には、そういうところがあって、どうしても、行きたくない時、行けない時があって、学校も、仕事も、遊びも。

学生時代、少しだけ寮生活をしていた時、同じように学校に行きたくなくて、行けなくて、ベッドから出てこない私を、同室の友人が叱ってくれたことは、今でもよく覚えています。

「なんで、起きないの?」
「行きたくないから」
「行きたくないから行かないなんて、社会じゃ通用しないよ」
「じゃあ社会に出てから頑張る」
「社会に出てから頑張るなんて大変だから、今から練習するんだよ」

友人の助言もむなしく、社会に出てからも、朝起きて、身支度をして、さぁ行こう、と家を出て、やっぱり無理、と諦めて帰ったことが、何回かあって。

これが、私の弱さ。

周りの大人たちは、なんでそんなことが出来ないの?と言う。

なんで会社に行かないの?
なんで席を外してばかりなの?
なんでみんなと同じにやらないの?
なんでそんなことが言えるの?
なんで俺の言うことを聞かないの?


出来ないから。
我慢出来ないから。


一見、強さにも見える私の行動は、単なる弱さ。

行かないんじゃなくて、行けない。
やらないんじゃなくて、出来ない。

だけど、やらせようとする人がいる。
出来ないことを、やらない私を批判する人がいる。

私も同じ。

人の弱さが理解出来ないとき、自分の中の正義感で、相手を悪く判断してしまう。

こんなことも出来ないこいつは、××だ。

だけどそこには、出来ない弱さが隠れている。

弱さを認め合えれば、世界はどうなるだろう?


今日はどうしても行けなかったので、パジャマ姿のまま、これを書いています。

気分が落ち着いたら、行ってこようと思っています。

なないろヨガ

石川県金沢市の瞑想ができるヨガ教室です